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今回は拒食症の話題です。世界の拒食症に関する10の印象的な例をご紹介します。

拒食症は正しくは神経性無食欲症というようです。あるいはアノレキシア、「AN」ともいわれる。また拒食症は過食症とあわせて摂食障害といわれる。

拒食症は主に女性がなることからもわかる通り、現代における痩せている女性が賞賛されるという社会的な風潮が要因として大きいのだろうと思う。男女の割合は1対20だという。

最初は普通より少し本気のダイエットだったものが、痩せていくことに対して強烈な快感や優越感を覚えるようになり歯止めが利かなくなることがあるようだ。また同時に太ること、さらには食べることに対して恐怖を抱くようになったりする。最終的に体が食べ物を受け付けなくなってしまうのだろう。

上のような拒食症の社会的な要因は「(美しい)女性である」ことにこだわった結果であるが、別な要因として心理的要因というのものもあり、それは社会的要因とは逆に「女性であることや母親になることを拒否」した結果、拒食症に陥るのだという。

過度の拒食症は当然だが死を招く危険がある。低栄養による感染症や不整脈、心臓発作などにいたるケースが多い。過食症のように自殺にいたることは少ないようだ。

他の動物では絶対にありえないだろう、人間特有の拒食症という病気。治療はわれわれが想像する以上に困難だといわれて、非常に長い年月がかかるようだ。

それでは、世界の拒食症に関する印象的な例、10選をご紹介します、どうぞ。

■イザベル・カロ

反拒食症キャンペーンのポスターのヌードモデルをしたことで有名になった。彼女はうつ病の母親から身体の成長を拒まれ、軟禁生活を強要されて育った。28歳で急性呼吸疾患により死亡。

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■拒食症の双子

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■マッチョだったが拒食症になった男性モデル

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■子供の服が着られる拒食症のママ

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■10年間の闘争の果てに回復した女性

14歳の時ダイエットをはじめ1日12時間歩いていたという。後に拒食症となった。病院の力を借り10年後に回復を見せた。彼女はロックバンドにあこがれていた。

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■娘の拒食症を治すためにダイエットを始めた母

私はがんばって痩せるから、逆にあなたは太りなさいという約束

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■妊娠中に拒食症、過剰運動した女性

バウマンさんは初めて妊娠した時、そのことを拒否し、拒食症を加速させた。しかし赤ちゃんは何とか生まれることができた。2回目に妊娠した時は拒食症の上、サイクリングにバレーボール、ランニングと毎日過剰な運動をしまくった。医者にこっぴどく注意され、バウマンさんは当時を後悔しており現在は健康である、また二人の娘も元気に育っている。

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世界びっくり

今回は史上最も偉大な女性TOP10という話題です。

今のように女性の権利や地位が確立されていない時代に、神がかった活動をし、聖女のように見られた女性たち。

信念の強さ、並外れたストイシズム、驚異的な知性、そして類稀な慈愛の精神・・・

彼女たちの瞳は何を見ていたのだろう。きっと私たちにはなかなか見えていないものが見えていたのでしょう。

それでは、歴史上もっとも偉大な影響を後世に残した女性たちのTOP10です、どうぞ。

10.エメリン・パンクハースト(パンクハースト夫人 1858年- 1928年)

イギリスの婦人参政権活動家。パンクハースト夫人の活動は過激なものだった。爆弾テロなどで数度の逮捕歴がある。また10回のハンガーストライキ(断食で抵抗をする)を行った。彼女は自らの目標をほぼ達成し、1928年死去した。

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 9.ブーディカ (ボウディッカ 生年不詳 – 60年/61年?)

ブリタニア(イギリス、ブリテン島)の一部を治めていたケルト人イケニ族の女王。当時ローマ軍に侵略されていたが、ブリテン島の数多くの部族を纏め上げ、ローマ軍に反乱をおこした。植民地とされていた地域を次々と攻略し、また市制が敷かれ繁栄していたロンドンも破壊し、ついにローマ皇帝ネロは軍の撤退を決断した。

その後の歴史でブーティカの存在は忘れられていたが、ルネサンス期に歴史書が発見され、またヴィクトリア朝時代には女王ヴィクトリアと同じ意味を持つ伝説の女王として、その名前が広く知れわたることとなった。

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8.シエナのカタリナ(カテリーナ)(1347年 – 1380年)

イタリア、トスカーナ州シエナ出身の修道女、キリスト教の聖人。裕福な家庭に生まれたが、家族の反対を押し切り、自分の純潔をキリストにささげることを誓った。女子修道院において許されていない、禁欲の行を練習し、自己鍛錬を日課とした。中でも断食はすさまじく、聖餐以外の生涯の大部分を断食していた。病人や貧者を援助することに人生を費やした。

ローマ教皇にも積極的に働きかけた。教皇への300を越える手紙が現存し文学作品としても傑作とされる。しかし最終的には教会大分裂にも絡んでしまったことを生涯悩んでいた。

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 7.エバ・ペロン(エビータ 1919年 – 1952年)

アルゼンチンのファン・ドミンゴ・ペロン大統領夫人。

タレントとして大衆的な人気を得ていたエバはペロンの愛人であった。彼女は自分のラジオでペロンを応援し、ペロンは大統領に選出される。正式にファーストレディーとなったエバは夫の地位を背景に政治に積極的に介入する。女性の参政権導入や、貧しい労働者や貧困層に対する大々的な援助を行い、ブルーカラーを支持層とするペロン政権の安定に大きく貢献した。

しかし、知識階級や富裕層からはエバのいわゆる「バラマキ政策」に批判が向けられた。実際、財政や経済は非常に混乱した。

エバのファンたちはエバを副大統領にと声を上げた。しかしエバはしばらくして子宮癌により死去した。現在エバの肖像はアルゼンチンの紙幣にえがかれている。

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6.ハトシェプスト女王 

エジプト第18王朝の5代目ファラオ(君主)。在位は、紀元前1479年頃 – 紀元前1458年頃。

公的な場所では男装をし、また付け髭をした非常にユニークな女王として知られている。治世は穏健で、戦争を好まずに平和外交によってエジプトを繁栄させた。出エジプト記でモーゼをナイル川で拾って育てたのが彼女であるといわれている。2007年には身元不明であったミイラが彼女のものであると科学的に判明された。

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 5.ローザ・パースト(1913年 – 2005年)

アメリカの公民権運動活動家。1955年、全国有色人向上協会の書記だった42歳のローザはバスで白人に席を譲らなかったとして逮捕された。当時のアメリカ南部は白人と黒人を公共機関において分離し差別する条例があった。公共のバスで席が埋まった場合、黒人は白人に席を譲らなければならなかった。

ローザは「屈服させられることに我慢できなかった」と語っている。これを契機にキング牧師らが立ち上がり、モンゴメリー・バス・ボイコット事件が展開された。このボイコットは381日間続きモンゴメリー市は経済的な大ダメージを被った。連邦最高裁は公共機関の人種差別を禁止した。公民権運動はこの勝利によって最高潮に達し1964年の公民権法につながった。

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世界びっくり

今回は隣国同士で最も険悪な関係にある国々TOP10の話題です。もっとも仲が悪い国、まさに一触即発な国とはどことどこだろうか。

日本は島国である関係で、近代以前までは他国との軋轢が少ない国であったが、知ってのとおり近代以降はさまざまな戦争を経て、島国であろうとも隣国との領土問題をはじめとしたパワーバランスを巡る争いがとりだたされている。

だから、国を直に接している国々において紛争が絶えないとしても、むしろ日本人からすれば「ぶっちゃけそりゃそうだろうな・・・」という感じがしないだろうかと思う。

もちろんそれではいけないということは誰もがわかっている。しかし同じ言葉や文化を共有してきた地域でさえ強烈にいがみ合う場合があるのだ。東西冷戦の時代は過去のことだといっても、あきらかに影をひきずっている。それから伝統的な宗教的対立も顕著になりつつある。

だけどたぶんそれは表面的な理由で、身も蓋もない経済的な理由が大きいのだろうなと、みんなうすうす感づいている気がしないでもない。

それでは、隣り合う国同士の最悪な関係TOP10のご紹介です、どうぞ。

10.ウクライナ VS ロシア

歴史をさかのぼると、もともとロシアの地(ルーシの地)とは、キエフ公国(ウクライナ)であった。その後、辺境であったモスクワ公国がルーシ帝国の首領となりロシア(ルーシ)を名乗るようになる。

ソ連の崩壊後、ソ連を構成していた国々が独立国家共同体として緩やかな連合体となったが、ソ連の主要国家の一つであったウクライナはその憲章をいまだに批准していない。

ロシアは豊富な天然ガス資源をヨーロッパ各国に輸出しているが、特に独立国家共同体には格安で輸出している。しかしウクライナに対しては、ことあるごとに輸出をストップしたり料金を吊り上げたりを繰り返している。

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 9.クロアチア VS セルビア

旧ユーゴスラビア連邦人民共和国では1980年代半ばごろから、ミロシェビッチを中心にセルビア人優位の民族主義が横行した。セルビア人によるt民族に対する凄惨な民族浄化が行われたのだ。

いち早くクロアチアは1991年にユーゴスラビアから独立したが、1995年までユーゴスラビア軍とのクロアチア紛争を繰り広げた。

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8.アフガニスタン VS パキスタン

アフガニスタンとパキスタンの対立は冷戦時代から続くもの(ソ連とアメリカの対立が関係している)で複雑すぎるため短い要約は不可能である。イスラム原理主義とアメリカとの対立は周知であると思うので、パキスタンを相対的に援護するアメリカとアフガンとの対立という構図でとらえる、ということにとどめておこう。

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 7.中国 VS 日本

中国と日本の関係は周知の通りである。日清戦争、日中戦争と2回の戦争を経ており、特に太平洋戦争で敗戦した日本に対して、連合国の一員であった中国からの精神的な賠償の要求が続いているといえる。歴史認識問題、靖国問題、尖閣諸島をはじめとした領土問題など両国家のけん制が続いている。

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 6.中国 VS チベット

チベットは厳格に仏教を信仰する民族であり、中国とはもちろん文化的に大きな違いがある。独立を何度も宣言しているが歴史的に中国の属国であるという認識を中国側は覆そうとしなかった。極めつけは1949年毛沢東によるチベット侵攻であった。それまで独立国であったチベットは中国の一部に編入させられた。現在も独立運動は続いている。

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 5.ロシア VS グルジア

グルジアは旧ソ連を構成していた共和国の一つ。1991年に独立した。独立後すぐ、グルジアの南オセチア(オセチア人)地域をロシアに帰属させるかで紛争となる。2008年からグルジアとロシアの間で南オセチアやアブハジアを巡って衝突、緊張が続いている。

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今回は、私たちにとって意外と知られていない中国の話題です。

今や名実ともに超大国と認識されている中国。考えてみれば中国が超大国でなかったのはここ200年くらいのことで、それ以外の4000年近くは漢字文化圏の大帝国だったんだよなと思う今日この頃です。

ただし、超大国ではあるがすべての時代を通じてカオスじゃなかった時はない、というようなイメージもある。そう、一般的に中国は外から見てわけのわからない国なのだ。

それでは私たちが知らない中国のいろんな側面を見てみましょう。

■中国は2025年までにニューヨーク規模の都市を10個は建設する

2030年までには中国の都市人口は10億人に達する見込み

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■中国人はイタリア人よりもキリスト教徒が多い

急速に増え続ける中国人のキリスト教徒は現在5400万人。イタリアの人口は6000万人で、そのうちキリスト教徒は4740万人である。

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■中国はいまだヨーロッパの中世代の疫病から自由ではない

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■中国の死刑執行件数は他の国々の合計の3倍である

中国の死刑執行件数はダントツである。中国政府は正確な数字を公表しないが1年で5000人以上執行しているのではないかといわれている。銃殺か注射による薬殺かだが、死のバンと呼ばれるバンで行われる。

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今回は多毛症についての話題です。多毛症とは一般的には軟毛(非常に薄くやわらかく細く短い毛)が硬毛(髪や眉毛やまつ毛)に変化してしまうことで、毛の数が増えるわけではないようです。ということは多毛症という名前は間違っていますよね。

男性の場合は毛深いということですみますが、女性の場合、男性ホルモンの過剰発生によって、多毛症になってしまうと辛いですよね。私は逆に円形脱毛症を患ったことがありますがとても辛かった・・・。

さて、今回ご紹介するのは一般的な多毛症とはちょっとレベルが違う感じの方々です。

于震寰(Yu Zhenhuan ユー・ジェンホワン)さんは以前までギネスブック認定の世界一毛深い男性です、中国で人気のミュージシャンでもあります。

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ヘスス·アセベス(メキシコ)

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ラモスゴメス兄弟(メキシコ)

ユー・ジェンホワンさんを抜いてギネスで世界一と認定

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ステファン・ビブロフスキー(1891-1932)

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Pruthviraj Patil(インド)

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