唐突に映画の感想でも書いてみようかと思いました。たまにはサイト運営者のコラムみたいなものもいいかなと思いまして。
さてさて、映画『ドライブ・マイ・カー』を村上春樹の原作を読んでから観てきた。カンヌ4冠で話題の映画。
内容の重さからすれば語弊がある言い方だけど、3時間という長い上映時間を最後まで画面に集中させてくれ、観ててとても「面白い」映画だった。
静かにドキッとするシーンの連発。 不倫現場の目撃のシーン、妻は眼を閉じたままで決して開かない。 都内、地方都市、田舎を走る印象的な赤いサーブのフォルム(原作では黄色だった)のロングショット。 鏡に映るいろいろな顔、表情。 無駄のない編集。
車とタバコの映画でもあって個人的にも嬉しい。 予算の少ない日本の映画で車を魅せるということをちゃんとやっているということのすごさ(マイケル・マンの『コラテラル』をぱっと思い浮かべた)
そして、タバコ。タバコ系映画というジャンルが仮にあって、評価するなら5本の指に入る出来だったのではないか。そんなことがいまの日本で可能だったとは。
ほんとうはさらにウイスキー映画であることも狙っていたはずだ。だけどそこは及第点以下だったのは否めない。村上春樹の原作のようにはモルトウイスキーを飲みたくさせないし、むしろ若干まずそうでもあった。
いずれにしても、つまり3時間の長さは全く苦ではない映画。 単純にすごいことだ。 村上春樹の原作とは雰囲気がかなり違う。僕は原作の重くなりすぎない文体が心地よい切なさを感じさせてくれてそこが好きで、映画もそれを期待したのだが、原作と違っていることはそれはそれでいいことだろうと十分に感じられた。
映画版は原作とは違ってメッセージ性が強く、真摯に受け止めざるを得ない迫力に満ちていた。
映画版のメッセージとはどんなものだったか(後述します)、 原作とまったく違うのがハッキリ分かるのだが、むしろ小説では「メッセージ性」を消す方向、つまり、むしろ妻からのメッセージ(はっきりした主体的な意志としての)になりそうな行動の意味を、運転手の女の子が中和してくれることで男は救われ、余韻を残す終わりだった。つまり不倫をする妻に明確な意図や主体性のようなものはなかった。愛恋が、意図や意志といったものでコントロール出来るものではない、たとえ自分の行動であっても、というようにとらえられた。 小説では、語弊のある言い方になるが、あいまいにしたほうがいいことがある、という感じだったように思う。思い悩むより心のケアを優先するという感じ。
劇中劇であるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』の女の子、ソーニャはロシアのキリスト教的マリア的感性のもとで中和的な女性性を醸していると思えるし、村上春樹が女性性という部分でそこを受け継ぎつつ日本的に再解釈していた、という感じがする。
一方、映画では男性性、女性性という差異は避けられていたように感じる。 その代り、私たち(男女問わず)は原状維持に逃げないで、さらに相手への理解から逃げずに、まずは自分の無意識を掘り下げた上で、辛抱強くあるいは化学変化をまって、相手との対話を試みるべきだ、というメッセージだったと思う。 (政治的な話にすると、これは熟犠牲民主主義の問題、加害と被害の問題につながるように見えた)。
原作は深い、映画は強いという感じに深さと強さの対決ではないけど、映画は映画でしっかり映画的な面白さで見せることに成功してるのは間違いない。 映画は原作のすばらしい設定を利用しつつかなりストーリーを広げて、監督のメッセージ性をこれでもかと強固に伝えている。それは成功しているし映画の物語り伝達の効率性において(3時間だけど)すごいと唸るしかない。
映画の様々な魅せる工夫に満ちていて、またミステリー映画を見ているような気分にもなってくる。そしてミステリーにちゃんと明確な答えがある。 そして、その先述したメッセージはたしかに説得力があった(好きか嫌いかはべつとして)。こんなに有耶無耶にせずしっかりメッセージが伝わり、全く陳腐さを感じさせない映画って難しすぎるはずだから。 (全くというのは盛りすぎかもしれない。ラストのほうの熱いセリフたちに唐突さと違和感をおぼえる人も若干いるかもしれないとも思う)
余談として最後に原作の小説についてもう少し。 主人公は、妻の行動が理解できず、そこにものすごい謎を見ているのだが、本当はそれほどの謎でもなかったのではないか、というのが原作小説のラストの肝である。ワーニャ伯父さんを読んだ運転手の女の子が、主人公をなぐさめるために「女の人にはたまにそういうところがあるんです」というすごく簡単で素敵なセリフを言う。そして主人公はすくわれるのだ(凄惨な過去を持つ運転手の女の子も妻を亡くした男を救うことで自分が救われる)。 僕は小説でさらに女性という存在をいとおしく感じ、そして救われた。そして長い余韻としての心地よい切なさを感じたのだった。
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